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術後補助化学療法

2007年8月13日

職場へ復帰し、外来で抜糸を終え、夫は順調に回復していったが、相変わらず食事には苦労していた。
まだ空腹感を感じられなかった様で、
「お腹が空いて、ぐぅ~って鳴る感覚が懐かしいよ」
と、よく言っていた。
同僚と一緒に行くランチは、廻りのペースについついつられてしまうらしく苦労していたようだった。

8/13、この日外来に行った夫が帰宅してから、抗がん剤を勧められたことを聞いた。
術後補助化学療法ということで
「奥さんも一緒に、もう一度説明してから決めましょう」
とのことで、翌々日の8/15に外来予約が取れ、私も一緒に行くことになった。夫は説明を聞いてはいたが、病理検査結果を聞いた途端、動揺してしまい、詳しいことはあまり記憶していなかった。
不安だった。

当日は、夫と息子と3人でランチを食べてから、病院へ向かった。
お盆中ということで、病院内は静かだった。
主治医は、面談票に図を書きながら丁寧に説明してくれた。

・病理検査結果で、摘出した胃の血管内にがん細胞が見つかった
 こと(静脈侵襲)から血行性転移がおこるかもしれないこと。
・がんが血管内に入りこんでいても、そのがん細胞の質によって
 再発する場合と、しない場合があること。
・現在の医学では、どういう質のがん細胞が転移するかまではわかって
 いない為、夫が再発するかどうかはわからないが、予防の意味で、
 TS-1という抗がん剤の内服を勧めること。
・TS-1の説明。

ショックだった。
手術が成功して、もう大丈夫って思っていたのに「どうして?」って言葉が頭の中をグルグル回っているようだった。
「抗がん剤」という言葉が恐かった。
でも、それ以上に「転移・再発」という言葉が恐かった。

夫はTS-1の奏功率について質問し、迷っているようだった。
「奥さんはどう思われますか」
沈黙が続く中、聞かれた。よくわからなかった。
夫自身が決断すべきことで、口を出してはいけないような気がした。
でも・・・言ってしまった。
「もし、夫の血管中のがん細胞が転移・再発するものだったとしたら、その抗がん剤を使うことで、転移・再発しなくなる可能性があるのであれぱ、出来れば、試してみてもらいたい、と思います」

無言で隣に座る夫の顔を見た。夫は迷っていた。
主治医が言った。
「先日、同じ様に迷って、結局使わないことに決められた方もいました。まだ独身の若い方です。その場合は、次の外来は半年後の検査になります。○○さん(夫)の場合は、小さいお子さんもいますからね。使った方がいいんじゃないかなと思います」
夫は、しばらく考えてから言った。
「やってみようと思います。宜しくお願いします」

調剤薬局でTS-1を購入して帰宅した。
夫の仕事と、副作用のことを考慮して、内服開始は1ヵ月後となった。



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TS-1

2007年9月12日

TS-1内服を決断してから、この間、夫の歳の離れた従弟の結婚式に参列した。家族3人、皆盛装して、久しぶりの嬉しい親族の集まりに、夫もワインを少し頂いていた。20年前、私達の結婚式にも参列してくれたこの従弟君は、当時まだ小学校6年生だった。真っ白いモーニングに身を包み、新妻と共に晴れやかな笑みを浮かべて立つ姿が、20年前の自分達の姿と重なって、なんともいえない悲しみを覚えた。人生はまだまだこれからだ、と、思えたあの頃が懐かしかった。

TS-1は、9/12から朝夕3カプセルずつ2週間連続で飲み続け、9/26から2週間の休薬期間で1クールとなり、毎回それを繰り返す。
服薬記録を見た。
初日から、めまいやだるさ、足のしびれと書かれている。
最初は感じる程度だったと記憶している。
服薬5日目になると、これに下痢が加わり、その後、微熱・咳・喉の痛みと3日程続いて治まっている。
めまい、だるさ、足のしびれは、日を増す毎に強まり、回を増す毎に辛くなっていった。
それとは別に、腹部と背中の発疹が日毎に増え、手や足や顔の色素沈着も、徐々に徐々に増し、軽度の味覚障害もあった様で
「食事が美味しくない」
と、何度か口にしていた。
2週間の休薬期間になんとか持ち直すのだが
「完全に回復出来ないまま、また次の抗がん剤がくる」
と、よく言っていた。
夫はゴルフが大好きだった為、足のしびれ(後に痛み)が特に辛かった様だった。

TS-1 3クール目に入った12/6の夜、夫は嘔吐を繰り返し、
翌12/7になっても腹痛が治まらず、主治医に電話で連絡、入院となった。腸閉塞だった。


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腸閉塞

2007年12月7日~11日

12/6は、TS-1の3クール目の開始初日だった。
「また、あまり食べられなくなるから、豚カツが食べたいな」
連日の野菜中心の食事に飽き飽きしていた夫が言った。

「胃がんにはキャベツのスープがいいらしい」
と、夫が持って来たレシピを元に、食事は連日野菜中心となっていた。
この頃には、中身や味を変えてみても、野菜スープを見ただけで
「ごめん。せっかく作ってくれて悪いけど、少しでいい」
と言うようになっていて、たまにはいいか、と作った豚カツを、
夫は食べすぎてしまった。

食後、すぐに、お腹を押さえて苦しみ出し、暫く横になって耐えていたが、耐えきれずにトイレに駆けこんで嘔吐した。
治まったと思っても、またすぐ吐き気がこみ上げ嘔吐した。

暫くして、ようやく横になり、吐き気と腹痛が治まるのを待った。
少しは眠ったようだったが、朝になっても吐き気と腹痛は治まらず、主治医に電話で連絡し、病院へ行った。
腸閉塞だった。
比較的軽い症状とのことだったが、そのまま入院・点滴して様子をみることになった。

徐々に症状は治まり12/11退院したが、その後すぐに夫は、肝臓への再発を告げられた。

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肝臓転移

2008年1月18日

夫の手帳のこの日には、大きく、赤字で『再発』と書かれている。
1/4受けたCT検査の結果、消化器外科の主治医から画像を見せられながら、肝臓に1つがんが転移していることを告げられた。
胃がん肝臓転移の場合、通常は抗がん剤治療となり普通手術はしないが、夫の場合、まだ若いことや、単発であることを考慮し、手術で摘出すること、主治医の後輩の肝臓外科医師に頼むことなどを告げられた。

肝臓外科医師は、手術することに懐疑的である様な印象を受けた。
・普通はこういう手術はしないこと。
・多忙であること。
・今現在、単発であっても、CTに写らない小さながんが多数あることも
 考えられ、すぐに多発となる場合が多いこと。
・自分が手術を担当するかどうかはわからないこと。
・とりあえず、2ヵ月程様子をみること。

などを告げられた様に記憶している。
夫と二人、帰路につきながら、とても後味の悪い面談だったと話したことを覚えている。

今思えば、
血行性転移をしているということは、既に全身にがん細胞が運ばれている可能性が大であるということで、今見つかったがんを、たとえ摘出出来たとしても、いずれまた再発する確率は高く、手術して体力・免疫力を下げるよりも、抗がん剤で目に見えないほど小さながんを叩くべきだと、考えていたのかもしれない。体力・免疫力が下がれば、その小さいがんはどんどん増大してしまうから。

でも、当時、手術=完治出来るかもしれない ということしか見えていなかった私達は、こんな状態のまま、TS-1も中止となり、何の治療もせずにただ手術日を待つということが、不安で堪らなかった。


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肝臓手術

2008年3月3日

肝臓のがんは単発のまま、2/29から入院となった。
消化器の病棟とは階も違う為か、同じ造りではあっても、どこか雰囲気が違っていた。

手術前日、主治医の後輩ではない医師から、画像を見せられながら説明をうけた。

・出来ているがんの部分だけを切除する手術であること。
・目で確認して、やはり多発だった場合は、そのまま閉じてしまう可能性
 もあること。
・術後は、TS-1をまた使った方がいいと思う、ということ。
・当日2番目の手術であることから、前の手術の状況によって、多少開始
 時間がズレる場合もある為、早めに病院に来て待機していて欲しいこ
 と。

などを告げられ、翌日、私は13時に病院に入れば良いとのことだった。

2度目の手術であることからか、夫も私も、前の手術時に比べれば落ち着いていた。
がんは単発のまま、ようやく手術出来る、という安堵の思いもあった。

翌日、朝10頃、夫から電話が入った。
「前の手術がもう終わったから、もう俺の手術が始まるって言うんだよ。
 悪いけど、すぐ来てくれる」

急ぎ病院へ向かったが、着いた時には11時半過ぎだった。
夫は、既に手術中だった。
怒りをどこにぶつけたらいいのか、わからなかった。

夫は、前回の手術のことを聞いたのか、今回は義弟に来てくれる様、頼んでくれていた。
義姉と姪、甥、義弟、息子と、手術待合室で待った。
開始時間が早まった為に、その頃にはもう、途中で閉じる可能性は無くなっただろうと思った。

PHSが鳴り、義弟と共に、医師の話を聞きに行った。
目で確認した限り、切除したがん以外の転移はみられなかった、とのことだった。
お礼を述べ、術後病棟に行った。

夫は個室で眠っていたが、義弟や義姉と共に入って行くと、目を開けた。
前の術後より、言葉も意識もハッキリしていた。
「○○(私)が着くまで手術は待ってくれって言ったんだけど、だめだった。頭にきたよ。ごめんな」

この頃には、夫が無事であれば、それ以外のことはもう、どうでもよくなっていた。




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