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病院探し

2007年4月 ⑤

大学病院とがん専門病院。
どんなに調べてみても、net上で病院名を見つけることは出来なかった。

評判の良い病院で。
評判の良いお医者様に。

きっと誰もが思うことなんだろう。
がんを見つけてくれた医師の一言で迷いが消えた。

「有名な医師を指名すれば、手術まで少なくとも2~3ヵ月の待ちとなります。 がんの専門病院であれば医師は皆、専門のそれなりの経験を積んでいます。
今大切なのは、どれだけ早く手術してもらえるか、だと思います。」

それでも夫は迷っていた。
職場近くのがん専門病院は、自宅から電車で1時間かかる。
私の為に、自宅近くで探した方が良いと思う と。
退院後の通院のことを考えて、職場近くの方が便利だと夫を説得した。

今思えば・・・
この時点で、セカンドオピニオンをとるべきだった。
この時点で、患者会に入るべきだった。
この時点で、緩和ケア病棟を持つ病院 に拘るべきだった。
何よりも
もっと本を読むなりして「がん」の勉強をすべきだった。

後悔は、尽きない。


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初診

2007年5月2日

初診予約の電話を入れた。
主治医の指名はあるかと問われたが
早く手術が出来れば問わない旨告げると
1週間後に予約がとれた。

この日、紹介状を手に、初めてがん専門病院を訪ねた。
予約していても、1時間~2時間の待ち時間は普通だった。

紹介元のCT画像を見ながら、検査日と手術日が告げられる。
手術日は・・・約2ヵ月先だった。
その間、紹介元の病院で受けたのと同じ検査を再度受け
手術前診察の後、入院・手術となるとのことだった。

職場近くで夫と別れ、一人帰宅した。
不安や焦り・無力感でいっぱいだった。
夫は今、どんな気持ちで職場にいるのだろうと思った。

夫は、紹介元の病院に寄って手術日を報告していた。
その日、夫の帰宅は遅かった。


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入院

2007年6月23日

この日は土曜日だった。
入院日は、入院数日前に病院から連絡が入って確定する。
あんなに不安だったはずなのに、この間の記憶があまり無い。

入院・手術の為に、揃えなければならないものが結構あった。
パジャマ・浴衣・T字帯・蓋付カップ 等々。
そんな細々したものを揃えていたような
そんな記憶ばかりが蘇る。

息子は、入院数日前に新幹線で実家へ送って行った。
初めての一人お泊まりが、2週間強の連泊となってしまった。
まだまだ幼いのに、どこまで理解していたのか
泣きごと一つ言わず、承諾してくれた。

夫は、ヘビースモーカーだった。
入院当日の朝、最後の一服 の写真が残っている。
これを最後に、夫はたばこをやめた。

朝10時少し前に病棟に入り、担当看護師さんに挨拶した。
検査は月曜日から。

夫は入院日が近づくにつれ「怖いなぁ」と、よく口した。
夕方、パジャマに着替えて、4人部屋のベッドに横になる夫に
「そろそろ帰るね」と告げた時の、あの一瞬の心細げな表情と
玄関まで見送って、手を振り続けていた姿が忘れられない。


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手術前説明

2007年6月25日

手術前日、夕方、
そろそろ帰宅しようかと思った頃、看護師さんから
「先生から明日の手術の説明があります。6時半くらいになります」
と告げられた。
ナースステーション内のテーブル席に着き
夫と共に主治医から説明を受けた。

・胃の真ん中から少し上の部分にがんがあり、幽門側胃切除術で胃の2/3程の切除となること。
・CT画像で見た限りでは転移は見られないが、開腹してみなければわからないこと。
・がんが漿膜下層まで達しているように見える為、漿膜より露出している可能性もあること。その場合は、腹膜全体にがんが飛んでしまっている為、そのまま閉じる可能性が高いこと。
・CT画像は、がんが1㎝程の大きさにならなければ映らない為、開腹して、目で確認しなければわからないこと。
・開腹してみて、予想以上の転移・進行がみられた場合は、そのまま閉じてしまうこともあり得ること。

などを、図を書きながら説明され、数枚の同意書に署名した。
思っていたより数倍厳しい説明に、何も言葉が出なかった。
翌日は、朝7時半くらいまでに病室に来てほしい旨告げられた。

同様に意気消沈している夫に、せめて抱き締めたかったけれど・・・
病院にはプライバシーが無い。
ベッドに横たわる夫の手を握り「それじゃ、明日ね」と声をかけた。
何か言いたそうに、一瞬押し黙り、手を握り返しながら
「気をつけてな。後で電話するよ」と微笑んだ。

術後は病室が変わる為、コインロッカーに入らなかった車輪付のスーツケースを引きながら、慣れない満員電車で一人帰宅した。
眠れなかった。

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手術

2007年6月26日

通勤時間帯を避け、朝5時50分に家を出た。
7時には病院に着き、すぐに病室へ向かったが
夫は既に手術準備の為に別室へ移動していた。

10分ほどして看護師さんに呼ばれ
ナースステーション内の別室へ案内されると
手術着に着替え、ヘアーキャップ(?)をかぶった夫が
車イスに座って待っていた。

「すごい格好だよな。手術するんだって感じ」
なんて言って笑った。
「うん、頑張って、早く元気になれ」
って、私も笑いながら返した。
「はぁ~怖いなぁ~」
看護師さんも笑っていた。

「そろそろ時間ですので・・・大丈夫ですか?」
の一言で真顔になった。
「頑張るよ」
なんだか涙が出そうだった。
「待ってるよ」って言ったら
「待ってろよ」って返ってきた。
エレベーターは、部屋内にある。
ドアが閉まるまでずっと微笑んで見つめ続けた。

病室へ戻り、荷物を全部片付けて、
PHSを持って、手術待合室に入った。
手術待ちの親族が、何人かずつ固まって座っていた。
最初の3時間くらいが山だと思った。
そこを過ぎれば、手術は続くと思った。
心細かった。
PHSを膝の上で握りしめて、じっと俯いて祈っていた。

10時頃、突然、義姉(兄嫁)が姪2人を連れて駆け寄って来た。
びっくりした。わっと涙が出た。
片道3時間かけて・・・ありがたかった。

15時頃、PHSが鳴った。
「麻酔から覚めましたので、先生から説明を聞いて下さい」
姉と二人、すぐ向かった。

N0(リンパ節転移がない)
T2(胃の表面にがんが出ていない、主に胃の筋層まで)
ステージ1B、幽門側2/3~3/4と万が一の為にリンパも切除。
目で確認した限り、転移は無かったとのことだった。

一気に力が抜けた。手も足も、ブルブル震えていた。
ホッとし過ぎて涙が出た。
「良かったねぇ」と言う姉も泣いていた。
「ありがとうございました」と頭を下げて、夫に会いに行った。

夫は、ようやく麻酔が切れて、朦朧としていた。
「お疲れ様」と声を掛けたら、すぐ反応して目が開いた。
「いてーよ」弱々しい第一声だった。
「義姉が来てくれたよ」と言ったら、
頭を持ち上げて、私の後ろを覘き
「お姉さん、どうもすみません」と力ない声で言った。
看護師さんに制止され、そのままストンと眠ってしまった。

姉と姪達を見送り、術後病室に戻ったが
私に出来ることは何も無かった。
眠り続ける夫を少しの間見守り、一人帰宅した。
許されるなら、もっとそばにいたかった。


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