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りんご

Author:りんご
2007年4月 夫は43歳で胃がんと診断されました。
告知から亡くなるまでの日々、忘れたくないのに、記憶は日々薄れていくようで・・・辛かったけど、幸せだったあの日々を、もう一度辿ってみたいと思います。

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術後補助化学療法

2007年8月13日

職場へ復帰し、外来で抜糸を終え、夫は順調に回復していったが、相変わらず食事には苦労していた。
まだ空腹感を感じられなかった様で、
「お腹が空いて、ぐぅ~って鳴る感覚が懐かしいよ」
と、よく言っていた。
同僚と一緒に行くランチは、廻りのペースについついつられてしまうらしく苦労していたようだった。

8/13、この日外来に行った夫が帰宅してから、抗がん剤を勧められたことを聞いた。
術後補助化学療法ということで
「奥さんも一緒に、もう一度説明してから決めましょう」
とのことで、翌々日の8/15に外来予約が取れ、私も一緒に行くことになった。夫は説明を聞いてはいたが、病理検査結果を聞いた途端、動揺してしまい、詳しいことはあまり記憶していなかった。
不安だった。

当日は、夫と息子と3人でランチを食べてから、病院へ向かった。
お盆中ということで、病院内は静かだった。
主治医は、面談票に図を書きながら丁寧に説明してくれた。

・病理検査結果で、摘出した胃の血管内にがん細胞が見つかった
 こと(静脈侵襲)から血行性転移がおこるかもしれないこと。
・がんが血管内に入りこんでいても、そのがん細胞の質によって
 再発する場合と、しない場合があること。
・現在の医学では、どういう質のがん細胞が転移するかまではわかって
 いない為、夫が再発するかどうかはわからないが、予防の意味で、
 TS-1という抗がん剤の内服を勧めること。
・TS-1の説明。

ショックだった。
手術が成功して、もう大丈夫って思っていたのに「どうして?」って言葉が頭の中をグルグル回っているようだった。
「抗がん剤」という言葉が恐かった。
でも、それ以上に「転移・再発」という言葉が恐かった。

夫はTS-1の奏功率について質問し、迷っているようだった。
「奥さんはどう思われますか」
沈黙が続く中、聞かれた。よくわからなかった。
夫自身が決断すべきことで、口を出してはいけないような気がした。
でも・・・言ってしまった。
「もし、夫の血管中のがん細胞が転移・再発するものだったとしたら、その抗がん剤を使うことで、転移・再発しなくなる可能性があるのであれぱ、出来れば、試してみてもらいたい、と思います」

無言で隣に座る夫の顔を見た。夫は迷っていた。
主治医が言った。
「先日、同じ様に迷って、結局使わないことに決められた方もいました。まだ独身の若い方です。その場合は、次の外来は半年後の検査になります。○○さん(夫)の場合は、小さいお子さんもいますからね。使った方がいいんじゃないかなと思います」
夫は、しばらく考えてから言った。
「やってみようと思います。宜しくお願いします」

調剤薬局でTS-1を購入して帰宅した。
夫の仕事と、副作用のことを考慮して、内服開始は1ヵ月後となった。



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Re:匿名希望さま

ご助言、ありがとうございます。

夫が「胃がん」と診断されてからの日々は
本当に「決断」の連続で、しかもその決断は「夫の命」に係る選択で
何の知識も無いまま、その殆どを「突然」突きつけられて
いつも、冷静な医師との間にギャップを感じながら
いつも、本当にこの選択でいいんだろうか、という不安と迷いの中で
それでも決断しなくてはならず、いつも結果は悪い方へ向ってしまい
頭の中では、いつも、その場面が繰り返し再現されていました。
今も、あの時の決断は、間違っていたんだろうか、と
あの頃を思い出すたびに、後悔の想いでいっぱいになります。
もっと、何か他の選択があったんじゃないか、という想い。
きっと、この記憶は、いつまでも消えないんだろうな、と思います。

ありがとうございます。

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